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萌は口をパクパクさせている。しかし、彼女が持っているスマートフォンが、何より事実を物語っているのである。
やがて彼女はスマートフォンを机に置くと、そのまま机の上を滑らせてこちらへ差し出した。
「わかった。あなたのこと、信じる。それで、あなたはこれからどうするの?」
そう聞かれた瞬間、ふっとある考えがよぎった。ここは、彼がいた町。ここは、過去。彼は中学卒業と同時に、この町を離れた。ならば……
――ここに彼が、いる――。
――彼に、会いたい――。
私はまた拳を握った。そして、彼のことを話した。さよならを言わずに去った彼。私は、たぶん、本当に、彼のことが好きだったんだ――。
話し終えた頃には、涙が流れていた。やっと認められた気持ちは、器をなくして心の中でただ膨らんでいく。
萌は少し困った顔をしていたが、やがてキッと目付きを変えた。
「わかった。協力するよ。彼、どこの中学校?」
「わからない」
そういえば、彼は町の話はたくさんしてくれたけど学校生活の話はあまりしていなかった。
「……彼の名前は?」
「大西圭」
「大西圭、ね。とりあえず知り合い当たってみるよ。ちょっと待ってて」
萌は自分のスマートフォンを取り出して、何やらいじり始めた。
*****
もう、入院して何日になるだろうか。確か、受験を終えてからのことだった。この白い天井も、見飽きた。
ガチャ、と音がして母と父が病室に入ってきたのは、昨年の5月のことだった。母は傍らの椅子に腰を降ろす。
「圭、今、先生と話してきたんだけど………圭、三浦市の高校を、受験してみない………?」
「三浦市?」
それはまた、突飛な提案だった。
「三浦市の高校でね、過去に重病の子を受け入れたことのある高校があるんだって。あなたは学力には問題ないし、高校に通ってみたら…?」
本当は、「普通の生活を送らせてあげたい」という母の願いなんだろう。
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