天皇(すめらぎ)

6/7
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/7
「つらくはないか、辰巳?」  はらはらと、帝は涙を流された。その様子を、会津藩主は沈痛な面持ちでみつめている。 「主上・・・」少年は居たたまれなかった。 「こうしてまた会えて本当によかった。あのとき、辰巳がわたしの命を何度も助けてくれた。わたしの影武者となって・・・。そのお陰で、わたしは無事に践祚できたし、こうして生きながらえることもできた。あのときには礼を申せなかった。それがずっと心残りだったのだ・・・」  そこで軽い咳の発作に見舞われた。すかさず会津藩主が帝の背をさすった。 「おそれながら、主上、この辰巳、あのときほど、ああ幾度も命を狙われたことはございません」  冗談混じりにいいながら、無理に笑顔を作ってみせた。このときほど、普通の人間(ひと)の子のように、感情を持ち合わせていないことが腹立たしいことはなかったろう。 「おお、そうであろう?そうであろうとも・・・」帝もまた、痩せ細った相貌に弱々しい笑みを浮かべられた。何度も何度も少年の顔を撫でられる。それはまるで、大切なものに触れるかのようだった。 「主上、御身体に障りますゆえ、どうかお休みなされませ」 「会津中将は心配性じゃ。せっかく辰巳と会えたのだ。もう少し話をさせてほしいものだ」 「主上、また参内致しましょう」会津候は、優しく微笑んだ。 「辰巳、本当かの?」  横臥しながら、帝はすがるような視線を少年に向けた。 「お約束いたします」そう答えるしかないではないか? 「辰巳、まだ舞いや笛は続けておるのか?辰巳の舞いも笛も、わたしのここに、いまでもはっきり残っておるぞ」  枯れ枝のような指が、ご自身の心の臓の辺りを軽く撫でた。少年は後ろに下がると再び叩頭し、返答した。 「もったいなきお言葉でございます」 「辰巳、いまは幸せか?」  御前を辞する直前、帝はそう問われた。  あいにく、それは、少年には答えようもない問いだった。
/7

最初のコメントを投稿しよう!