第1章 悪夢の中へ

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 限度はあるが、揉め事は歓迎だ。 だが、今回はこれで終わりそう。 和久井は入院したし、ネズミなんて追い掛け回すのも面白くない。 ★  その日の晩、自由が丘の下水道。 ネズミや羽虫に混じって、1人の少年が歩く。 浮浪者や業者などではない。少年はこの場には決して似合わない。  翡翠色の瞳を持つ、プラチナブロンドの少年。 一見すると10代後半のようだが、その顔に幼さはない。 青年らしい若さの中に、百年を生きたような風合いを滲ませる不思議な顔立ち。 醜い男ではない。売り出し中のアイドルグループに混じっても埋もれることの無い、美男子。  また、体つきもその顔に似合っていた。 痩身だが、しっかりした体格。 女性とも男性ともつかない、老人のような若者のような雰囲気を纏う…少年。  彼は迷路のような通路の一角に隠れるように佇む扉の中に入った。 明りはないが、少年は扉の中を正確に認識している。 木製のテーブルだけが置かれた6畳くらいの部屋。 四隅には人骨が塚のように積まれ、それを大きなネズミが齧っている。  蛸足のような髭で骨を弄んでいたネズミは、机の下に逃げていく。 そこは異形のネズミの巣となっており、20の目が少年を見つめる。 「調子はどうだい?」 〈巣が3つ出来、子供が生まれましたが、ちょっと気になる事が…〉  さして低くはないが、よく響く声。 巣の奥から走り出たあるネズミもどきは少年に同胞たちが見聞きした情報を知らせる。 襲撃を察知した人間の事を。 そいつは自分達に取り囲まれても物怖じせず、逆に同胞を踏み殺した、と。 「君たちを殺せる人間は珍しくもないけど、とくに動揺した様子はなかったんだね?」 〈はい、何やら怒鳴っていましたが。もう一度、襲撃を掛けますか?〉 「やめておいたほうがいい。巣が見つかるとは思えないけど、万が一ってことはあるし」  異様な光景であった。 ネズミは口を動かす事無く空気を振るわせ、人語を作っている。 それに涼しい顔で少年が答える。彼はこの状況に一切疑問を持っていないらしい。 〈そんなこと言われても、何も食べないわけにはいきませんよ〉 「ごめんごめん。ただ、今後は騒ぎになりそうな相手は控えるんだね。良く選んで襲うんだ」 〈努力します〉 「うん、よろしくね」  少年は来た時と同じように、軽やかな足取りで去っていった。
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