第1章 悪夢の中へ

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 ネズミもどきを埋葬―投棄ともいう―した翌朝。 兵馬は男子バスケ部の面々とすれ違った。 恐らく、これから朝練だろう。 初夏を過ぎ、暑さが激しさを増す中、ご苦労な事だ。 「お前…」 「おう、キャプテン。これから朝練?」  キャプテンは視線を逸らし、そのまま去っていく。 その取り巻きは口々に「死ね」とか「ボケ」とか、小声で呟いていく。 兵馬はそれを苦い笑みで見送った。  兵馬は入学当初、バスケ部に入っていた。 大っぴらに喧嘩するのが難しいので、別にエネルギーの矛先を求めたのだ。 当時、バスケは体育の授業を除けば、まったくの初心者だった。 それがめきめきと腕を上げ、夏ごろにスタメン入りを果たした。 達成感は一切無く、兵馬は夏休み前に退部を決めた。  インターハイが迫る7月初週。 先輩方の非難の嵐を背中に受けて、兵馬は部を去った。 顧問からは唐突過ぎて、叱られるどころか逆に心配されてしまったが。 部員たちの心証は、未だ最悪らしい。 (嫌いじゃなかったけどな)  それだけは確かだった。 試合中のスピード感と、ボールがネットに入る寸前の浮遊するような高揚感。 それらは中々に心地よかったが、兵馬の息苦しさを晴らしてはくれなかったのだ。  渋い気持ちも授業終わりには鎮まり、兵馬は孝則と松道地区まで足を延ばした。 ここには大正時代の歓楽街を起源とする、海塚の代表的な商店街がある。 様々な国の料理店のほか、ドールショップやアクセサリーショップなど様々なジャンルをぶちこんだ闇鍋の中を歩く。 ――タイヤが擦れる音が聞こえた。 「おい、車…」 「どしたん」  立ち止まって左見右見するが、特に異常はない。 孝則に声を掛けられ、再び歩き出そうとした。 「!」  兵馬は孝則を抱えて、車道から離れる。 その数秒後、2人が歩いていた位置のすぐそばを、小型トラックが突っ込んできた。 悲鳴を掻き分けて進むトラックは右側の車輪だけで走っている。 トラックは標識に衝突すると横転、止まった。  通行人の反応は様々。 野次馬になる者、逃げる者、呆然となる者。 「ね、ねぇー、逃げよう!ヤバいよここにいると!」 「お…おぉ」  兵馬は孝則に引っ張られるまま、ふらふらとその場から歩き去った。 先ほどのタイヤの音は何だったのか? 路面が擦る音のように感じたが、聞いたのは自分だけらしい。 突っ込んでくるまでに、ちょっと間があったが?
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