第1章 悪夢の中へ

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 翌朝、松道の事故はニュースでも報じられた。 運転手は車道に飛び出した影に驚いて、ハンドル操作を誤ったらしい。 街路灯に取り付けられたカメラがそれを捉えており、また事故の少し後、松道のアーケード付近の路地で若い女性の遺体が発見された。 このニュースを受け、一部の噂好きは「10年前の再来ではないか」と囁き合った。  テレビや新聞ではもはや報じられる事もなくなったが10年前、海塚には茶谷桐雄(さたにきりお)という殺人犯が潜伏していた。 桐雄は万引きで略式起訴された後、失踪。 それから1週間後に最初の殺人が発覚し、いまだに行方が掴めていない。 現在、100万円の報奨金がかけられた全国指名手配犯である。  何故、両者が結びつけられたか。それは速さだ。 桐雄の目撃証言は幾つもあり、その全てにおいて異様な身体能力が語られた。 猫か猿のような身のこなしで街を飛び回り、白昼堂々通行人の首を落とす。 そして、その勢いのまま逃走。桐雄は捜査陣を挑発するように、腰まである長い髪を赤く染めていた。 「こう、警官が多いと歩きづらいよな」 「しょうがないでしょ、ピリピリするのも……俺、死んだって聞いたけどな」 「あったな~、死亡説!中学の頃聞いたわ」  学校が終わり、兵馬は孝則と共に海塚駅近くのアミューズメント施設で、時間を潰していた。屋外では制服姿の警官を何度も見かけており、町全体がどこか物々しい雰囲気を放っている。また、施設内を私服警官と思しき男女がうろついていた。 孝則は気づいていないようだが、兵馬はただ者ではない、と皮膚感覚で察していた。 警官ではないにしても、戦闘訓練を積んだか、場数の豊富な人間だろう。 ――ネズミの次は殺人鬼だぁ?  兵馬は両者の関連について、疑わしく感じている。 素早い身のこなし、殺人。 天狗山の方には、狸や鹿が住んでいたはずだし、それらが降りてきたのではないか? 殺人は、不謹慎ではあるが、現代社会において珍しいものではない。 だがまぁ、続くようなら…。  自分なりに動いてもいいかもしれない。 茶谷桐雄のターゲット選定基準は大体、10代後半から30くらいの若い男女だ。 つまり、自分達も射程圏内に入っている。 家族や友人…孝則が巻き込まれる前に、決着をつけられるならつけたい。 自分でも不思議だが、兵馬は殺人鬼を全く恐れていなかった。
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