278人が本棚に入れています
本棚に追加
〈プロローグ〉【 anna X 】*
千夏がクラブにくるのは、本当に久しぶりだった。
あの日から彼女はトランスが聴けなかったから。今日は私の誕生日だし、仕事関係の誘いだから頑張ったんだろう。
『時間も経ってるから大丈夫だよ。』
彼女はそう言った。それでも顔色が悪かったように思ったのは思い過ごしだろうか。
2年半前のあの日、カウンターで音に浸っていた私たちのところにやってきた女が、千夏の耳元で言った。
『一昨日、彼と寝たから。』
隣で耳を澄ましていた私にも小さく聞こえた。
女はそのあとヒラヒラと手を振りながら離れていった。
追いかけようとした私の手を、真っ青になった千夏が握って止めた。千夏は何も言わなかった。
そしてあの日は、彼女には珍しくベロベロになるまで呑んでビルの陰で吐いたんだ。
あれから千夏はクラブに来なくなった。私も誘わなかった。だから2年半ぶりだろう。
あの半年後、あいつは千夏の前から消えた。
そして2年、千夏はあいつを待ち続けている。
最初のコメントを投稿しよう!