〈プロローグ〉【 anna X 】*

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ディレクターの森さんに引っ張られて、フロアに行くのを止めようとしたけれど、千夏は大丈夫と小さく言って笑った。フリーランスの私たちにとっては、確かにこれも仕事だ。 森さんと並んでなんとなく揺れている千夏から、目が離せない。話しかけてくるデザイナーの三上さんの言葉に、適当に相づちをうちながら彼女を見ていた。 誰かが千夏に近づいた。また? でも今度は男性だった。 隣に森さんがいるのにナンパかなと思って見ていたら、いきなり千夏がフロアに座りこんだ。 なんだ? 森さんは彼女の横でフリーズしている。 何してるんだ。何があった? 三上さんに謝ってフロアに向かう。 「千夏、どした?」 座りこんでいる彼女のまわりを人がよけて、小さな円ができていた。脇に手を入れてとりあえず立たせたら、ようやく森さんも手伝ってくれた。引きずるように彼女を壁際(かべぎわ)に連れて行くが、ほとんど脚に力が入っていない。 「どうした?」 一定の大きな音に負けないように、千夏の耳元で言ったが彼女の瞳は何も見ていない。そして答えない。 隣にボーッと立っている森さんに聞いた。 「どうしたんですか?」 森さんもかなり酔っている。 あのナンパ男が近づいたあとだ。 「なんか男が話しかけてきましたよね?」 『あぁ。なんかわけわからんこと叫んで行った。千夏が誰か殺したって。』 殺した?森さん酔ってるよね?何言ってんの? 千夏は相変わらず壁に(もた)れている。どこ見てるんだ? 「森さん、もう少し正確に覚えてません?殺したって?」 森さんはちょっと考えていた。思い出して! 『あいつは死んだ。あんたのせいだ・・あんたが殺した・・だったかな。千夏に言ってあっち行ったな。千夏、大丈夫?呑みすぎた?』 違う。そんなに呑んでない。 あいつってあいつ? 千夏がこんなになるってことは、やっぱりあいつのことしか考えられない。 死んだ?千夏のせいで? よくわからないけど、彼女はクラブと相性が悪いらしい。また刃を受けてしまったんだ。 2年半ぶりなのに。
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