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第1章
切り立った崖の上に立つ。
眼下には深い森が広がり、それが果てた先には村落が、さらにその先には大海が広がる。
どこまでも清浄な地。
これから僕がすることを彼らは知っているだろうか。
知ることなく終わってほしい。
僕は大きく息を吸って清浄な空気をしばし胸に留めて体中にゆきわたらせるようにしてから、しっかりと噛み締めた言葉をつなぎあわせ、ゆっくりと平坦に吐き出される息吹にのせて禁忌の呪文を唱える。
愛を失うため。
愛を証明するため。
僕が僕であるうちに。
君が君であるように。
言葉は風に乗りあたりに広がってゆく。
村落を邪悪が包む。
僕は僕でなくなったのか。
でも一つ確かなこと。
君は君のまま、これからも歩んでゆくだろう。
できることなら、君と僕が再び交錯することがないように。
この身の邪悪は、それすら許さないかもしれない。
それでも、僕は、君を守りたいという気持ちを捨てきれない。
その想いが再び僕らを結び付けることになっても。
僕は捨てさることができない。
その弱さが僕を深く蝕んで、いつか僕を僕でないものにするだろう。
それだけは君に見せたくない。
見られたくない。
この想いさえ、邪悪はからめとってしまうだろう。
愛おしいという感情はなによりの糧だから。
やつを止めることができたならどんなによかったか。
けれど、やつは、僕自身なんだ。
どうしようもないんだ。
僕には死ぬ勇気もなければ、生きる勇気もないんだ。
だから、闇の底に沈んで何も感じなくなってしまえばいいと思った。
邪悪は僕から生まれたのではなくて、生まれた僕が邪悪だったんだ。
どうしようもない。
だけど僕は、君にすがらずにはいられない。
だから、僕は逃げる。
君は僕をつかまえて。
君ならつかまえてくれると信じてる。
そうしたらどうか、この鼓動を止めておくれ。
君にそうして欲しいんだ。
ずるいって糾弾してくれてもいい。
そうしてくれた方が楽になれるくらいだ。
どうしてだろう。
どうしてこんなことになったんだろう。
どうして僕なんだろう。
どうして君じゃないんだろう。
そんなずるい僕をどうか赦して――。
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