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第一章 金星灯百貨店へようこそ
まあ、なんだかんだで旅は楽しいものだ。僕は見知らぬ土地を彷徨うのが好きなのだ。『ワンダー金星灯遊園地王国』行きが出る停留所までバスを乗り継ぎながら、僕はもう上機嫌だ。浮かれて早くも山ほど写真を撮ってしまった。編集長から渡された封筒の中には、僕宛ての手紙と、十二枚綴りの遊園地のチケットが入っていた。『ワンダー金星灯遊園地王国』は海を見下ろす山の上にあり、観覧車や回転木馬から見える景色はこの世のものとは思われぬ幻想的な風情があるのだそうだ。僕はいわゆる高所恐怖症なので、その絶景を楽しめるかは疑問だが。
遊園地行きの停留所は、山の中にぽつんと存在していた。時刻表を見ると、次のバスが来るのは四時間後のようだ。しまった。事前に調べていたものから情報が変わってしまったらしい。幸いここまで来ればあとは歩いてでも行ける距離らしいので、僕はハイキングを楽しむことにした。
こんなこともあろうかと、歩きやすい靴を履いてきて本当に良かった。上等な革靴に見えるが、実はハイ・テクノロジーの結晶で、空気のように軽い合成皮革製なのだ。スーツもネクタイも、かっちりしているようでいてその実ストレッチの効いた楽なものだ。汗だって瞬時に分解・蒸発してしまう優れもの。マイカと暮らすようになってからというもの、山歩きもお洒落をして出かけることもなかったため、少し嬉しい。こういうのも悪くない。
しばらく山道を歩いていると、だんだん霧が出てきた。これはいけない。遭難してしまうかもしれない。軽いハイキング程度の道とはいえ、外国の山の中だ。急に不安になって早足で進むと、前に人工的な明かりが見える。近寄ってみると、それは背の高い街灯だった。山の上に向かって無数の街灯がずらりと並び、まるで光る森のようだ。一番手前の街灯には、『ようこそ 金星灯王国へ』という案内が吊り下げられている。足元も舗装されたものに変わっており、僕はほっとして歩みを進めた。
立札によると、この “金星灯 ”は金星のひかりを集めて発光しているそうだ。なるほど太陽電池ならぬ金星電池というわけだ。最近街中ではあまり見かけないようなクラシカルなデザインが美しい。
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