彼女との時間

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「佑人も聴くの?」 セミナー開始前、講師控室で二人きりになった時、内容を再確認していた香子がふと資料から顔を上げて尋ねてきた。 公の場では“佑人”呼びは避けてもらいたかったが、二人きりだからつい漏れたのだろう。 「ああ」 今は丁重に扱わねばならない講師に敢えて口うるさく指摘はせず、僕は短く答えた。 「あら。忙しいのに珍しいわね。先月は私は欠席だったから知らないけど、九月も、たしか八月も来てなかったじゃない」 香子はニヤリと笑った。 「心配してくれてるの?私、ちゃんとやるわよ」 「知ってるよ」 なぜ滅多に顔を出さないセミナー会場に急に行きたくなったのか。 それは、実は香子とあまり関係がなかった。 不本意ながら、百パーセント純粋に仕事が理由とも言いきれない。 正直に白状するなら、あの頼りない子牛が居眠りしないか気になる、これが理由だ。 それが結構大きなモチベーションになっているのを自覚してしまうと、我ながら落ちたものだと遠い目になる。
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