133人が本棚に入れています
本棚に追加
姫の熱弁は止まらなかった。
血管浮き出る拳を握り、
「最近のメニューは毎日二十キロの走り込みと、近くの岩場でロッククライミングを。それと、湖では力尽きる寸前まで耐久水泳を週6回。その他にも空いた時間は筋トレをしているわ。あと忘れてはいけないのが食事の管理。良質のたんぱく質は良質の筋肉を作る上で絶対に欠かせないの! って……やだ私! 一人で喋ってしまってごめんなさい! でも最後に一つだけ言わせてほしい。私この一年間、必死に頑張ってきた。今なら誰かに襲われても確実に逃げ切れる、と言うか戦える。成人男性から野生の熊まで、自惚れじゃなく圧勝できるわ!」
声を大に言い切った。
王妃は言葉が出なかった……が、心の中ではうるさいくらいに叫んでいた。
____そら勝てるだろうよ! そんな毎日、軍隊バリのトレーニングで鍛えまくってるんだからさ! 一国の王女がこなすメニューじゃないだろ! つーか、今までアンタを襲った殺し屋って私だから! アンタに反撃されたら完全に負けるから! ミンチになっちゃうからーーーっ!
毒殺どころではない。
正体がばれたら逆に撲殺されてしまう。
血の気が引いて青ざめる王妃は引きつった笑顔を作り、
「そ、そうかい。か、身体を鍛えるのは良い事だ。こ、これからも頑張って、……さ、さてと、私はそろそろ帰らなくっちゃ」
そう言ってそそくさと白雪姫に背を向けた。
だがここで。
「待って、」
背後からトーンを落とした姫の声が呼び止める。
緊張が走った、白雪姫は何か勘付いたのだろうか。
ビクゥッ! と王妃は立ち止まり、恐る恐る後ろを向いた。
「な、なんだい?」
白雪姫は王妃が手に持つ篭の林檎をジッと見ている。
それに気づくと王妃の口はカラカラに干上がった。
額も背中も脇の下まで汗がどっと噴き出して、身動き一つ取れなくなる。
「この森はね、普段はあまり人が来ないの。お婆さんは今日はどうしてこの森に? その篭……もしかして林檎売りなの? こう言ったら失礼だけど本物の林檎売りの方なのかしら、」
蛇に睨まれた蛙、熊に狙われた鮭、猫に追い詰められた鼠。
蛙に鮭に鼠だってここまで震えはしないだろう……と、姫に鋭く問われた王妃はブルブルと震えあがり、半泣きのボソボソ声でなんとか答えた。
「あ、ああ、もちろん本物だよ。で、でも今日はほとんど売れてしまってね。最後に残ったこの林檎は美味しくないんだ。だからこのまま持ち帰って捨てようかと思ってる。そ、それとこの森に来たのは……そ、そう、家までの近道だからたまに通るんだよ、ほ、本当さ」
これに姫は大きく深く息を吸い、その息を吐き出しながら呟いた。
「ふうん……昔、私を殺そうとした人も物売りのお婆さんだったのよね」
瞬間王妃は後ずさる。
撲殺かミンチにされるか、どちらも御免こうむりたい負の二択が頭に浮かんだ。
だがしかし、予想に反して姫はニコリと笑うとこう言ったのだ。
「でも、お婆さんは私に何も売ろうとしなかった。と言う事は、あなたは私を殺しに来た悪い人ではなくて、本物の林檎売りの方なのでしょう?」
と。
最初のコメントを投稿しよう!