0人が本棚に入れています
本棚に追加
「花江さん、咲ちゃんとりっちゃんが来たよ。」
「おばあちゃん、久しぶり。」
「ひぃばば、ひさちぶり!」
孫とひ孫と、仏壇に向かい手を合わせる。
あれから、何十回夏が来ただろうか。
それから貴女のいない夏は、何回過ぎただろうか。
貴女が居なくなっても、夏は容赦なくやって来た。
僕はその度に、あの夏の日を思い出す。
母をなくした日を、
セミの声がうるさかった山を、
不安に押し潰され下を向いて歩いた道を。
絶望を感じたあの夏に
初めて貴方に会った日を、
初めて飲んだサイダーの味を、
初めて優しさが沁みたあの気持ちを…
「…ひぃじじ~!」
「ん?」
呼ばれて見れば、貴女のあの大きな目。その目によく似た小さなひ孫が、僕を見上げていた。
「あのね、」
ひ孫は僕の耳に小さな手をあて、母親に聞かれないようにこっそりと話した。
「りっちゃんにも、サイダー半分ちょうだい?」
『サイダーを半分こしたのは、内緒よ。』
あぁ…
今年も貴女を思い出すよ。
「じゃあ、ひぃじじのを、半分こしようか。」
「うん!やったぁ!!」
庭の木から、大きなセミの声がする。
半分こしたサイダーがパチパチと弾け、チカチカと喉に響きながら、冷たいままお腹の底に流れていった。
end
最初のコメントを投稿しよう!