夏のおもいで

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暑い夏の日だった。 母一人子一人で貧しい暮らしをしていた僕だが、この度その母が亡くなった。 それでも人伝に伝わった僕の事を遠縁の親戚が面倒をみてくれるということになり、僕ははるばる汽車に乗って遠い町に来た。 「はぁ…暑い…。」 流れる汗を手の甲でぐいっと拭い、僕はポケットに手を入れた。 貰った手紙には、屋敷の近くまで迎えの人が来てくれると書いてあったが、駅から少し迷ってしまったので待たせてしまったかもしれない。 しかし… 「…暑い。」 山が近いからか、やけにセミの声が大きく聞こえた。僕にはその割れるような声が、まるで歓迎されていないような怒鳴り声に聞こえた。母が死に、不安になっているのかもしれない。 「遅い!」 足元に落ちる汗の跡を目で追いながら歩いていると、前方から声が聞こえた。 「…え?」 その声に顔を上げると、白いワンピースに麦藁帽を被った女の子が、透明な瓶を片手に持ち酒屋の表にしゃがんでいた。 「あら?人違いだったかしら。竹山光雄さんでしょう?」 クイッと、その瓶を傾け口を着けた後でスッと立ち上がったその子は、僕と同い年くらいだろうか。てっきり大人の人が迎えにくると思っていたので、僕は咄嗟に言葉がでなかった。 「違うの?」 片手に持つ瓶を両手に持ち前に下げ、首をかしげながら不思議そうな顔で僕を見つめるその子。顔が近くなった分、顔の作りがよく見える。好奇心の強そうな大きな目に小さな鼻。薄く汗ばんだ肌が輝いて、なんだか眩しかった。 「…いかにも、本日よりお世話になります竹山光雄です。不馴れな町のため、少し迷ってしまいお待たせして申し訳ありませんでした。」 決して、見とれていたわけではない。咄嗟に言葉がでなかっただけなのだ。頭を下げた僕は、そんな気持ちからこう続けた。 「しかし、女性が往来でしゃがみこみ、そんなものを飲むとは大変はしたないように思えます。貴女の為に、今後はしない方がよろしいかと思います。」
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