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しかし、これから世話になる家の人だ。こんな意見など生意気だと言われるだろうか…。様子を伺いながらゆっくりと顔を上げると、予想に反して女の子はクスッと笑った。
「大人みたいなことを言うのね。それなら、これは貴方に差し上げるわ。半分で悪いけど。」
白い指で摘まむように僕に差し出された透明な瓶。遠慮がちに受けとると、女の子は言った。
「飲んだことあるかしら?サイダーよ。あの作家の太宰治先生の大好物だったらしいわ。」
サイダーなんて、飲んだことは無い。今までその日食べるのが精一杯で、そんな贅沢品なんて見たことも無かったのだから。しかしそんなことは恥ずかしくて言えず、瓶から微かに聞こえるシュワシュワという音に誘われ、僕はさっき彼女の口が触れた先に口をつけた。
ゴクッ ―・・・
「………!?」
口の中でパチパチと弾ける泡に驚くと、彼女はまた笑った。負けるものかと、勝負もしていないのにムキになり喉の奥に流し込むと、チカチカと喉に響きながら冷たいままお腹の底に流れていった。
「おい…しい。」
暑かったのと、汗をかいたのとで乾いていた喉が潤っていく。
「フフッ、良かった。」
「?」
「私より一つ年下と聞いて、お母様を亡くされて知らない土地で不安だろうと年の近い私が迎えをかってでたのだけれど、思ったより元気そうで。」
彼女の大きな目に優しさが光っていた。
「さぁ、行きましょう。みんな貴方を歓迎しているわ。」
空っぽになった瓶を僕から奪い酒屋の店主に返すと、彼女はくるっと前を向き歩き出した。
うるさいほどのセミの声は消え、僕の腹にはパチパチと弾けるサイダーと、彼女の優しい言葉が沁みていった。
小間使いだと思っていた彼女が、世話になる屋敷のお嬢さんだと知ったのは屋敷に着いてすぐだった。玄関に着いた彼女に向かい、着物を着たお手伝いさんが「お帰りなさいませお嬢様。」と 言ったからだ。
驚いた僕に、彼女は笑い、小さな声でコソッと耳打ちした。
「サイダーを半分こしたのは、内緒よ。」
暑い夏の日は、あのセミの声とサイダーと、彼女の眩しい笑顔を思い出す
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