標本一「焼肉定食」

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 そして、僕は恋人の自死を制するのをやめた。  彼女はどうしても焼肉定食になりたいと泣いた。この欲望を止めることは出来ない、なんなら焼きあがったあとは貴方に食べてもらいたいのだと叫んだ。  そんなことより僕には、彼女としたいことがたくさんあった。  江ノ島で泳ぎたいし、伊豆で温泉旅行したい。帰りに二人でファミレスでパフェを食べたいし、図書館で一緒に図鑑を読みたい。脱出ゲームに出かけて小さな謎で喧嘩したいし、仲直りの証にマカロン買ってあげたい。  そしていつか薔薇の花束と身の丈にあったリングを両手に、彼女の前に膝を付き、愛の告白をしてウェディングドレスを着せたい。  けれど、僕のそんな壮大な夢は彼女の焼けた肉にただただなりたい欲望の、どれ一つにも勝てなかった。残念だ。  ついに、骨が皮を突き破る。茶色のローファーが蝋のように溶け出し、ぐちゃりと潰れたお好み焼きみたいに見えた。  上から青海苔をまぶすみたいにミモザの葉っぱをかけて、僕は君に古式の敬礼をする。  いただきます。 END
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