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真っ暗な世界から突然突き落とされた私は、風を切る事もなく静かに下界へ向けて下降していた。
ああ、行きたくないなぁ……。
そんな気持ちが頭をもたげる。
だって下界は汚いんだもの、怖いんだもの。
吐き気がするほどに嫌いなんだもの。
どうして「また」あの俗世で暮らさなければならないのか。
神様なんて勝手な人ね。
まあ、人じゃないんだから当然かもしれないけど。
暗闇に居た頃に神様によってバラバラにされた記憶の断片が、下界に近付くにつれ離れていくのが分かる。
それはとても心地いいような虚しいような、不思議な感覚だった。
家々の屋根が近づいたタイミングで仰向けに落ちていた私はくるりと向きをかえ、地味な薄汚いコーポの屋根に着地した。
「お前の名前は?」
先に着いていた見張りの黒兎が面倒くさそうに訊いた。
私は痛む頭を訝しく思いながら彼に答える。
「忘れた」
「だろうな。それでいい。少しずつ思い出せ、大切な事も、そうじゃないコトも」
忘れろと言ったり思い出せと言ったり、理不尽極まりないな、と内心では悪態をつきながら私は頷いた。
どうやら私はやるしかないようだ、人々に意味嫌われる「死神」とやらに。
「ワタシの名前はパフィオペディラム・ロスチャイルディアナムだ。お前は今日からシロと呼ばせて貰う」
「私が白髪だから?安易なネーミング」
「気に入らなければ自力で本来の名前を思い出せ。その頃には私もお前とはお別れだ」
長い付き合いにならない事を祈るぞ。
そう言って微かに笑った黒兎の、名前を覚えるのが面倒で「クロ」と呼ぶ事になるのはもう少し先の話だ。
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