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1.
「行ってきます!」
ぐしゃぐしゃっと乱暴に靴紐を結ぶと雑に鞄を掴み、家にいる母親にそう叫んで俺は家を出た。
ヤバい、ボンヤリとしすぎた。
足を懸命に動かしながら確認のため再び腕時計を見ると、時計は八時四〇分を指していた。
学校の登校時間としては十分に間に合う時間だ。
しかし、俺はいつも登校する際、友達と待ち合わせをして一緒に登校しているのだが、そいつと待ち合わせしている時間に集合場所に付くには、ギリギリの時間だった。
走りながらいくつかの交差点を曲がり、いつもの古びた赤い雨除けの屋根が取り付けられた、交差点の角に建つ老舗のタバコ屋の前で待つ男に駆け寄る。
「ごめん、ちょっと遅れた」
「いいよ。本読んでたから」
彼はそう言うと、読んでいた文庫本を閉じてカバンにしまった。
二人で通学路を歩き始める。
こいつの名前は蕗(ふきの)野十(とお)。男のわりにさらりとした長い髪と女性のようにすらっとした体つき、それと前髪を分けるために付けている白の髪留めが特徴的なクラスメイトだ。こいつは中学生の頃から仲が良かったため、俺のことを、中学の頃のあだ名だった『まっつー』と呼んでくる。
「それに、まっつーが遅れるなんて珍しいことじゃないし」
「いやー面目ない」
「中学の時、初めて一緒に登校しよって約束したときも、少し遅れて来たよね」
「そうだったか? いやー面目ない」
「待つ間、通りすがりの男子中学生や男子高校生にもの凄いじろじろ見られてたのも、あの頃と同じだった」
「……ほんとごめん」
これからは彼の為にも、意識して十分前到着を心掛けることにした。
というか、こいつまだ絶世の美女だと間違われるのか。
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