庭師

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 庭師は執事からもう一度、青々と輝く林檎の樹の方に目をやった。 「それより見て、林檎の実だよ。この樹では初めてだね」 「そういえばそうですね。こうして成っているのは、久しぶりに見ます」 「今に、昔の林檎の樹より大きくなるさ」  二人は並んで、若い林檎の樹を眺めた。この樹は、お嬢様の七歳の誕生日に、彼女の母――『魔女』が植えた苗木が育ったものだ。  五年前、彼女と彼女の夫が亡くなり、屋敷を作って皆で移動した時に、家から持ち出せた数少ないもののひとつだった。 「あれから実家のあったところにも行ってないねえ」  庭師は築かれた壁の向こうにあるだろう、実家の方向に体を向けた。だが、そこにもう、かつての家はない。二人は自分たちの家が壊されてしまったことを知っていた。おのずと二人は寂しげに俯いた。 「まー、ここの暮らしが楽しいからいいけどね! お外は物騒だし!」  先に顔を上げたのは庭師の方だった。彼女はにやついて立てた銀の鋏に肘をつきながら、ひらひらともう片方の手を振った。 「ずっとここにいれば安全よぉ、なんちゃって」 「この間その手の勧誘を受け、お嬢様が大層お怒りになられましたのでコメントは差し控えます」 「仮に怒ったとして勧誘のせいじゃないと思うけどね、僕は」  にやにや顔のまま、庭師は肩をすくめた。執事は首をひねったが、いつもの彼女の冗談だと思ってそれ以上追求はしなかった。
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