第十章

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今日の聴取後の協議では、東条は無傷で放免になりそうだった。 ただ、彼はまだそのことを知らない。 朗らかな笑顔で喋っている様子からして、彼は彼女にカミングアウトしていないのかもしれない。 ほっとしているのか、それとも早く彼女に恨まれてすっきりしたいのか。 この執行猶予のような気分は、深刻度は違えど東条も同じなのかもしれない。 そうだ。 会社での進退に比べれば、恋愛沙汰なんて取るに足らない、制御可能なものじゃないか。 「情がわいちゃうでしょ。譲るの惜しくならない?」 からかうように笑う香子に笑い返した。 「そんな感情が僕にあるかどうか、知ってるだろう」 そう言いながら、一度も口をつけないままのワインを傍らのテーブルに置く。 「じゃあ、楽しんで。クライアントに挨拶してくる」 会うとも会わないとも答えていない。 僕は香子のからかいに引っ掛からなかったつもりだった。 しかし、香子が僕を誘った理由が、彼女が江藤奈都に毒を仕込んだからだとは想像もしていなかった。
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