1793人が本棚に入れています
本棚に追加
「そうですか」
ここから先は互いに慎重に言葉を選ばなければならないし、立ったままの口論だけで彼女を帰すのも酷な気がした。
「そこに掛けていて下さい」
コーヒーを淹れようとキッチンに向かおうとした僕の背中に、彼女の単刀直入な質問が投げかけられた。
「最初の夜、バーで私を拾ったのはなぜですか?」
待ったなしで彼女は確かめたがっていた。
もうほぼ確信しているだろうに、東条ではなく、僕の口から真実を聞くためにやってきた彼女の勇気を、僕は無下にあしらいたくなかった。
足を止め、ゆっくり振り返る。
テレビも音楽もつけていない部屋では、エアコンの音だけがやけに大きく感じられた。
青ざめた彼女の顔を見つめながら、腕組みをして壁に寄りかかる。
何がどう違うのか、今日の彼女はいつもよりも綺麗に見えた。
人事の人間としての僕に完全にスイッチできるまで、しばらく僕は沈黙していた。
最初のコメントを投稿しよう!