第十章

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推進室長の後に続いて入室してきた東条は、僕を見てさっと表情を強ばらせた。 前回は、僕は出席しなかった。 だから、彼にしてみれば僕は担当外だという解釈もあり得た。 しかし裁く側として僕が対面したこの瞬間、彼と江藤奈都に近づいた僕の真意はごまかしようのない事実となった。 前回の聴取では、彼は保身のための虚言は一切なく、落ち度の可能性を認めたそうだ。 彼は仕事に非常に真面目な人物で、自分の落ち度を責めていた。 だから今、彼の目に浮かぶ怒りは、仕事とは別の、江藤奈都のための感情だろう。 彼は僕たちの密約を知らないのだから、怒るのは当然だ。 それは、大切な部下を利用された上司の義憤か、それとも親愛を抱いている女性の恋愛感情を“弄ばれた”男としてのものか。 “青鬼役”の僕は、両方であることを願うべきなのだろう。 「よろしくお願いいたします」 部長と共に頭を下げた彼が顔を上げた時には、さすが渉外のエキスパートだけあって、さきほどの表情は綺麗に隠されていた。
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