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彼女はそれきり黙りこんだ。
香子のことは頭から追い払い、気持ちを落ち着けて今の僕に伝えられる精一杯の本心を言葉にした。
「経験の少なさを大切にして下さい。他の男でわざわざ汚してはいけない人でした」
執着を抱き、他の男の喜ばせ方など教える余裕のない今の僕に、どうして指南役が務まるだろう?
僕の欲望に塗りたくられ汚されるだけで、彼女は何も得られない。
今さらだが、彼女にだけは「他の男で練習する」という薄汚れた経験をさせてはいけなかったのだと後悔した。
不器用な素直さのまま、曇りなくまっすぐに、一番に望む相手の元に進んでいって欲しかった。
「ここから先の自信は本物の相手にもらって下さい。その時、あなたは僕と最後まで及ばなくて良かったと思うはずです」
彼女の汚点になりたくないという、僕のエゴかもしれない。
でも、彼女にはこの先ずっとまっさらな心で笑っていて欲しいと願う。
ゆっくりと、一言一言を繋ぐ僕の背後で、彼女は身じろぎもせず押し黙っていた。
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