奇跡か、幻か

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「香子か……」 正直、顔を合わせたくない。 香子が懇親会で江藤奈都に牽制をかけたと知ってから、苛立ちが収まらない僕は離婚調停の資料も郵送で済ませていた。 調停はもう終ったも同然で、あと数日内には正式に書類が取り交わされ、完全決着となる見通しだ。 仕事でもプライベートでももう会う理由のない香子に、わざわざ挨拶する必要はない。 同様にというのか真逆にというのか、迷子の顔を見に行く口実も見つからない。 もうお目にかかることはないと別れの挨拶をしたのは、この僕ではないか。 よって、セミナー会場に顔を出す理由はなし。 落ち着くべき結論を導き出し自分に言い含めると、時計を見てからため息をつき、西日に傾きかけた冬の午後の空を眺める。 別れが多いこの季節に、迷子にとり憑かれたような頭もややこしい身辺も、すべてリセットしてしまいたいような心境だった。
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