奇跡か、幻か

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なぜ東条が? 確か、去年の秋に東条から彼女に担当が代わったのだから、それがまた元に戻るということは考えにくい。 所用が重なったにしても、上司が代理というのは普通の所用ならあり得ない。 予想していた彼女の姿を見られなかったせいか、僕は収まりの悪い憶測を抱えたまましばらく東条の後ろ姿を眺めていた。 講演が終わると、聴衆は急ぎ帰社する者や、直帰なのかゆったりとした足取りの者など、それぞれのペースで出口へと流れ始めた。 後部のスタッフ専用ドアから廊下に出て、顧客を見送る事務局スタッフの端に僕も立ち、顔見知りに挨拶した。 講演者に声をかけられ立ち話をしていると、出口から流れ出てくる列の後方に東条が現れた。 彼との距離はどんどん縮まっていく。 僕がいるのに気づいた彼は少し驚いた様子だったが、すぐにそつのない笑顔に表情を戻してこちらに会釈した。
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