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僕はもうセミナーの担当ではないと彼に告げたのは半月前。
なのにここにいるのは情けないものだが、ちょうど講演者との立ち話を終えたタイミングだったので、僕は東条に会釈し声をかけた。
「お疲れ様です」
あまりよろしくない事情があるとはいえ、濃い関わりがあった以上、無言でやり過ごすのは不自然だという理由をこじつけたが、本当は彼女が心配でならなかったからだ。
元気で頑張っていることを確認して安心したかった。
「今月は代理で?」
「ええ」
担当替えではない点にはほっとしたが、彼の短い答えにはそれ以上の情報はない。
「彼女は元気で頑張っていますか?」
辛抱ならず尋ねると、東条は柔和な笑顔をわずかに歪ませた。
「ご心配ですか?」
その皮肉な声音でわかった。
先ほどの短い返答はわざとだ。
僕には彼女の情報を一切渡したくないのだろう。
彼は僕が彼女を利用して捨てたと思っているのだから当然だ。
敵意を隠した彼の笑顔を、無言で見つめ返した。
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