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「しまった。うっかり言っちゃった」
天鵞絨が指を鳴らす。ぱちん!星が弾けるような音だと思う。きっと朱殷は違う例えをするんだと思う。それを聞きたいと思う。
「僕らひみつの倶楽部をね、してるんだ。僕は彼の活動が大好きだったから、本当は今すぐにでも起きてほしいくらいなんだけど。そろそろ帰らなきゃ。限界だ」
天鵞絨は乾いた笑い声を上げる。あたしはひとつ、ふたつ、まばたきをする。泪に濁った視界をクリアにするには一番はやい方法だと思ったから。
「っ、あの、ありがとう。あとごめんなさい。そのペン、壊れたと思う」
「ああ、うん。いいんだ、別に、僕が勝手にしたことだから」
「ねぇ、天鵞絨――」
天鵞絨の姿は半透明になっていた。天使の帰る時間だ。手に持っているガラスペンにはまだあたしが渡したインクが残っている。彼はどこに帰るんだろう。彼の皮肉気な笑顔が透き通る。
「君と、朱殷、どうして喧嘩したの?」
「……ブルーブラックは、」
ぱちん!天鵞絨が指を鳴らす。
「深海の色か、空の色か、どちらかってね。酷い喧嘩したままなんだ」
くすくす笑い声が病室に響いて、彼は消える。あたしは呆然と呟いた。
「……くっだらない」
くだらない、あまりにくだらない。あたしは笑う。白い壁と赤い管の空間で。ぼろぼろ泣きながら笑う。
「ほんと、馬鹿なんだから」
べし、と朱殷の額を叩く。そういう変なところにはこだわるのだ、あたしの兄は。くだらなすぎて笑いが止まらないし泪も止まらない。あたしは白いひかりの部屋で、自分のために泣いた。哀しむことを許した。後悔することを許した。
この制服を脱ぐことを、許した。
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