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そのまま先生は授業を続ける。椅子に座って、僕はふぅ、と詰めていた息を吐いた。指先が細かく震えた。いくつか深呼吸をしてから、
「あの、ありがとう」
「どういたしまして。君がぼんやりしてるなんて珍しいんじゃないかい」
隣の少年は笑う。天使のような顔立ちである。僕は少し苦労して笑顔を作った。
「うん、考えことをしてたから……助かったよ。ありがとう」
「あのね」
少年は笑う。彼の名前はなんだろう。彼の机にはテキストもペンもなく、僕を助けたノートだけが開いてあった。
「朱殷はね。僕と喧嘩しているからそんな風にお礼を言ったり笑顔を浮かべたりなんかしないよ」
「え、」
天使のように彼は笑う。ノートをぱたりと畳んで机の中にしまって、そのまま教室を出ていく。ほんの一瞬教室の空気がかき混ぜられる。ざわめく生徒は先生の調子の変わらない声にゆっくりと静められた。
「……」
『僕』は。
*
携帯電話を震える手で取り出した。かちかち鳴る奥歯。掃除の行き届いてない廊下の片隅でショートカットに登録してある朱殷の電話番号を呼び出す。
ぷるるるるるる。音がこだまする。僕の鼓膜から携帯電話のおよそ3センチの空間で。
「出ないでしょ?」
「ひっ、」
声帯が引き攣る。振り返ったら鼻の先に天使のように笑う彼がいた。
「おや、ごめんね。びっくりした?」
「なんで」
あえぐように僕は言う。
「なんで、わかったの」
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