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「相変わらず、ここは落ち着きますねー」 あの真面目に説教をした2週間後。大崎は、なにもなかったかのようにいつも通りの調子で電話を掛けてきて、そうして、今この部屋に来ている。まるで定位置かのように、ソファに腰を下ろして。 「で、今日は、珈琲?紅茶?」 「今日は紅茶がいいです」 「え?」 私は少しだけ驚いて彼の顔をみた。何度もここへやってきている大崎は、一度として紅茶を飲むと言ったことはなかったはずだ。 「やっぱり、覚えてたんじゃないですか。いつも、珈琲しか飲まなかったのにって思ったんでしょ?」 図星を付かれて言葉に詰まる。 「広田さん、紅茶が好きって言ってましたよね。だから、まずは広田さんのことを知るためには同じものを飲んでみようかと」 臆面もなくそう言う彼は、どうやら少しも懲りてはいないようだった。 「知ったところで、なにも始まらないよ」 「ほんと、冷たいですよねー。僕、そんなに嫌われるようなことしました?」 本当に悪気がないらしい。わざとらしいほどに大きなため息を吐いた。 「で、紅茶、なにがいい?」 「種類全然分からないんで、広田さんの一番好きなやつ下さい」 「はいはい」 もう一度、ため息を吐いてから、キッチンに向かった。 この馬鹿な男とも、あと少しだけはこうして暇を潰していよう。私が暇な時間だけ、会ってもいいと思うときだけ。好きでもない男に振り回されるのはご免だから。気の抜けるような緊張感のない喋り方も、図々しいくらいに当たり前のようにやってくるその態度も、いつかはなかったように世界は回ってしまうのだから。体を売るような関係以外の休憩が、私にもあってもいいのかもしれない。 「はい、どうぞ。アールグレイ・ロイヤル」 「アールグレイ・ロイヤル?」 「うん、このあいだ紅茶の専門店に行ったら勧められたの。私の一番好きな紅茶の香りによく似てたから、迷わずに選んだんだけどちょっと買い過ぎちゃったから。湿気る前に消費するの手伝いなさい」 「広田さんの一番好きなのって言ったのにー」 「どうせ違いも分からないだろうから、一緒でしょ」 「意地悪…」 悪態を付きながら、それでも悪くないと思う私は、やっぱり少しずれているんだろう。 星に願った私を見つけるために、いくらだって迷いながら歩いていけばいいんだ。私が私に、嘘を吐かない生き方を探して。
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