足りない足りない

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 そこからは酷いものだった。「ぽころん」のように身を削るもの、あるいはクラスの女王になりたがり恋人を、家族を殺すもの。  世の中では「不幸自慢をしたかった」という動機が、珍しくなくなった。  二人目の先導者となったのは、宮城から上京してきたばかりのマキセユウノのという女子大生だった。都内に限らず全国的にこの不幸自慢は流行していたが、宮城に比べて、学内の状況は酷いものだった。みな口を開けば不幸、不幸、不幸。爪を剥がした、指を切った、目を抉った。数年前に比べて凄惨さを増した不幸自慢に、彼女は目が回る思いだった。  彼女の場合、先導しようという思惑はなかった。まして、それを誰かに自慢してやろうという気持ちも一切なかった。  日本の中で清廉潔白なのは彼女だけなのではないかと思われるほど、彼女は真っ当だった。  彼女には弟が一人いた。  それが、両親を刺し殺したと聞いたときに、彼女は思うのだ。  もう、こんな世界では生きていられない。  死んでしまうほうがきっと幸せなのだわ。  そうして死を選ぶことよりも、彼女のいけなかったところは、揃えた靴の下、書き残した文言が、 「私は幸せになります」  だったことである。  そうして「死」という最大の不幸、すなわち「生命が足りない」という最上の美徳を実行するものが、あとを絶たなくなったのだ。
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