世界の半分

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 日が西の空の果てに消えて久しい。代わりに東の地平線から黄金の満月が昇り、それに呼応するかの如く遥か南の山脈からの猛烈な突風が止んだ頃、男はようやく立ち上がり、衣服に積もった細かい砂を乱雑に払いのけた。  一転して、周囲を耳が痛くなるような静寂が包んでいた。頭上に広がる幾万ともつかない満天の星空は、暴力的なまでに周囲の闇を叩く満月の灯りに気圧されつつも尚大気の揺らぎに従って瞬き、そして何より日中とはうってかわって急激に気温が落ちていた。男は白い息を吐き、目を凝らす。数キロ北の地点で、男の目指すそれは月明かりを反射していた。  文字通り「砂上の楼閣」である。  かつてこの地に存在した文明の、その忘れ形見。砂嵐に晒され朽ち果てたビル群のうち、当時の政府機関の施設として建設され、周囲の建造物とは比べ物にならないほど堅牢に設計された全面合金貼りのビルである。見る限り30メートルほどの高さであろうか。放棄されて既に300年以上経過しているものの、原型を辛うじて現在まで留めている。その姿はさながら砂漠に突き刺さった黒曜石のようで、昼夜問わず灯りという灯りを反射させて鈍く輝いているため、この不毛の土地を通過する酔狂な旅人達からは「灯台」と呼ばれ、数少ない位置確認の手段として重宝がられていた。男は新雪さながらに降り積もった細かい砂を踏みしめ、その「灯台」目指して歩み始めた。  
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