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一転、扉の向こうの部屋は一面闇に覆われていた。大男が先にその中に消えたのを見て、刀をいつでも抜ける姿勢のまま、細い男は慎重に辺りを伺いつつその後に続く。ゆるゆると足元を流れる水の音と、それを掻き分ける足音のみが響いていた。
「これは生命の真理そのものだ」
声が聞こえた。
「『世界』が求め、『世界』が産み出した神の創造物。人間の誕生以来、私達の知らぬところで私達の記憶を収集し、魂とそれを別ち私達自身が神となることを妨げてきたリミッター、その姿だ」
そして、痩身の男は頭上から降り注ぐ弱い光に気付き、絶句した。
巨木であった。
全長数十メートルはあろうか。蔦のような細く入り組んだ枝葉が無数に垂れていて、頭上の空間をいっぱいに支配している。その先、枝と枝が重ね合わさる部分に、青白く光る拳大の球体が付いていた。数個程度の話ではない。それは枝の上下問わず数百、数千、数万と無数に付着していて、その光をもって広い空間の中に鎮座するこの巨木の存在を知らしめていた。
「これは『歴樹』と呼ばれている」
またもどこからか、大男の声が響いてきた。
「万物に宿る魂は、氷が水に、水が蒸気に姿を変えるのと同じように『相』の構造を成している。これまで数千年もの間、肉体から解離した魂を何人たりとも観測できなかった理由はそこにある。つまり魂の形態変化が、次元を超越して行われているからだ。この3次元世界では2次元も4次元も概念として存在するのみで実際に観測することは叶わないように、それを股にかける魂も然り。そして問題になるのが、その魂と共にあった膨大な記憶の行方だ。記憶は我々の脳内を駆け巡る生物的電子情報であると同時に、体積、質量を持った3次元世界の産物であり、人が死を迎え魂が形態変化すると同時に解離しどこかへ霧散してしまう。その集団墓地がここなのさ。死人の記憶はこの樹木の果実として輝き、二度と我々が解読することの無いよう暗号化され、封じられてしまうのだ。我々人類が創造神にも匹敵する膨大な叡智を得る機会を失わせ続けてきた、憎き障壁だ」
「…しかし『ゴーストパック・システム』は、自我意識と共に記憶も保存した」
男は何とか口を開き、声はそれに応える。
「そう、『世界』はそれを許さなかったのさ」
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