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私が書くのは昔から、どちらかと言うと私小説と呼ばれるものだ。賢治と付き合ってから、今までの作品を彼に読んでもらおうとした。もちろん彼は私のペンネームを知っていたから、「小説家になろう」や「クランチマガジン」に載せている作品を読む機会はいつでもある。
〈過去の男の影が少しでも見えると、いらいらしてくるんだよな〉
賢治はそう言って、読んでくれないことが多い。彼にも元カノと呼べる存在は何人かいたはずだったが、〈嫉妬するのが愛情や〉と持論を譲らなかった。
それでもこれだけはどうしても分かってほしいと思い、彼に頼み込んで読んでもらった作品がある。
小さい頃、夜九時を過ぎると家には誰もいなくなる。駅前にあるパチンコ屋のネオン。その光を飽きずにいつも見ていた。閉店時間を過ぎると外を闇が包み、真っ暗になった部屋の中で私はようやく一人眠る。大人になって、そのときのことを恋人に伝える。『お前、俺が背中をとんとんしないと、眠れないのに』と口にする、過去の人。
〈やっぱり元彼が出て来るやんけ。お前、見せつけたくて読ませただろ〉
読んでいる最中にそう口にした彼は、やはり元彼の存在が気になってしまったようだった。私が伝えたかったのはそういうことじゃなかったのに。けれどもそれをうまく声に乗せられるなら、そもそも小説を書くなんてまどろっこしいことなんかに頼りはしない。
〈今時、娯楽はいくらでもあるのに、それでも小説を書くなんて余程の酔狂かコミュ障だ。まあ、書くことでしか表現できない奴っているんだけどな〉
部員の誰かが言っていた。まさに私だ。書くことは、道端で咲く雑草が綿毛を飛ばす作業と似ていると思う。自分ではない誰かに、思いが少しでも伝わることを願いながらただただキーボードに向かう。その「誰か」は不特定多数であることが多いかもしれないけれど、ひょっとしたら私にとっては特定少数なのかもしれない。
中学校の選択国語の授業で、原稿用紙三十枚の物語を全員が書くことになり、締め切り前日から朝まで書いたのが初めてした徹夜の記憶だ。結局、提出したのは馬鹿真面目な私だけだった。書き終えた瞬間の、窓の外に見えたあの朝焼けの空に惹かれてしまってから、もう何度そんな日々を越えてきたのだろう。
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