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そんな、視界に入ってくる人たちの顔も、5メートルも離れてしまえば判別がつかない。辛うじて判別できる輪郭を除けば、見方によっては誰も彼もが不細工に見えるし、誰も彼もが端正な顔立ちをしているようにも思えた。
眼球の代わりに、低画素・低解像度のデジカメのレンズを介してものを見ているようだった。
けれど、視界の異常をどうすることもできない杏子は、粗悪なデジタルカメラを眼窩に据えたままホームに下りた。
駅員が白線と称する白い点線から、数歩下がって電車を待つ。間もなく、青色のラインカラーを持つ四角い鉄の箱の連なりがやってくると、気の抜ける音と共にドアが開いた。
いつも以上に注意深く、電車とホームの間にある黒い境界線を跨いで車内へと足を踏み入れる。
その時、ふと幼少のころに見かけた、足を境界線に挟まれて切断された少年のことを思い出し、背筋に冷たいものが走った。
注意深い自分が彼のようになることなど、相当な酩酊状態だとしても有り得ない。そう分かってはいても、どうしても気にかかった。
視界に異常をきたしている今日は、なおのこと。
「はぁ」
不安を排出するように溜め息をつきながら、近くの空いている座席に腰を下ろした。
憂苦とやるせなさから視線を泳がせていると、向かい側のドアの上に据えてある路線図が目に止まった。
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