追いかけっこ

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追いかけっこ

 近所の公園に行ったら一匹の猫がいた。  飼い猫なのか野良なのかは判らないけれど、にゃあんと甘えて寄って来る。だから撫でようとしたら、ぷいと背を向け、数メートル先に逃げた。  そこで振り返り、また甘え声でにゃあんと鳴く。  構ってほしいのだろうと思い、俺は猫を追いかけた。  公園を、自在に猫は走り回る。  ベンチの上、鉄棒の下、滑り台に登ったりシーソーを駆け抜けたり。  その後ろ姿を追いかけて、ついに俺はジャングルジムに入り込んだ。問いっても、子供の頃ならいざ知らず、大人の体格では身動きはままならい。  そんな俺の頭上で、また猫がにゃあんと鳴いた。すると、そこからは不思議なくらいスムーズに、ジャングルジムの中を動き回れるようになった。  でも、それと同時に猫の姿が見えなくなった。  前後左右上下、どんなに見回しても猫の姿はどこにもない。その代わりに、どこかで見たような後ろ姿の人間をジャングルジムの外に見つけた。  立っていた相手が振り返る。その顔は、どこからどう見ても俺だった。  こちらに向かって軽く手を振り、公園の外へ出て行く。その姿を追いかけようとした時に、始めて俺は、自分が四足で走っていることに気がついた。  公園には水飲み場があり、そこには少しだけ水が溜まっている。その水に自分を映し、俺はありえぬ状況に仰天した。  水に映っていたのは、さっきまで俺が追いかけていた猫だったからだ。  …どうしてこんなことになってしまったのか判らない。  猫と追いかけっこをして、俺は猫になり、猫は俺になった。そのままアイツは立ち去って、何故か公園から出られない俺は、ずっと園内に留まっている。  にゃあんと甘い声を上げ、すり寄れば、人間達は餌をくれる。だから生き延びてはいるけれど、元の自分に戻る方法はまるでなく、おそらく俺はこの公園で、猫として生涯を終えることになるだろう。  あの日、アイツを追いかけて入り込んだジャングルジム。そこのてっぺんで声を上げて泣いた俺の口から出たのは、『にゃー』という猫の鳴き声だけだった。 追いかけっこ…完
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