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とある山裾の町。
旅の者が羽を休める宿屋にて、なまめかしい女の嬌声が耳目を集めていた。
「んっ・・・・・・ああ、いい・・・・・・」
「・・・・・・旦那」
「ああ、柘榴、もっと・・・・・・」
「はい・・・・・・こうですか」
「ん、ああ。もう少し右・・・・・・あ、そこだ」
「はあ、あの、旦那」
「ん?」
「・・・・・・もう止めときませんか?」
「疲れたのか?」
「いえ、そうじゃなく・・・・・・」
柘榴と呼ばれた大きな白犬は、器用にも肩をすくめてみせた。
「・・・・・・ほら。戸口に男衆が鈴なりになってますんで」
柘榴に促されて女が木製の戸の方向を見遣ると、うっすら開いた隙間の向こう側でなにやら慌ただしく立ち去る音。
薄い布団にうつ伏せになり、柘榴に按摩をしてもらっていた女は首をかしげる。
「やはり、按摩を行う犬は珍しいか」
「そこですか」
「喋るしな」
「ええ、そうですね。もう、それでいいですよ」
「なんだ、なげやりだな」
「今更ですから。それよりも、八月の旦那」
柘榴は一つ息を吐いて気持ちを切り替えたらしく、つぶらな黒目を八月に向けた。
「とりあえず、町にはつきましたけど、これからどうします?」
「そうさなあ」
八月はようやくのことで起き上がり、背伸びした。たわわに実った乳房が揺れ、戸板の向こうから喉を鳴らす音が響く。どうやら、まだ居たらしい。
柘榴は無言で戸板をぴしゃりと閉め、更にその前に居座る。
そんな従者に気づくことなく、八月は路銀を数えていた。
「うーむ。やはり、心もとないな」
「どこかで稼ぎますか」
「そうは言うがな。この体では道場破りは今一つ・・・・・・」
「物騒な発想から離れて下さいよ」
呆れた口調で窘めて、柘榴は溜め息をつく。
「明日、宿の主人にでも短期の働き先が無いか聞いてみて下さい。・・・・・・私がこうじゃなかったら、どうにかするんですけどね」
犬の前脚を眺め、柘榴は自嘲するかのようにつぶやく。それを聞いた八月はいきなり立ち上がると柘榴の前で胡座をかき、きょとんとする柘榴の頭をわしわしと撫でた。
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