プロローグ

2/3
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 とある山裾の町。  旅の者が羽を休める宿屋にて、なまめかしい女の嬌声が耳目を集めていた。 「んっ・・・・・・ああ、いい・・・・・・」 「・・・・・・旦那」 「ああ、柘榴、もっと・・・・・・」 「はい・・・・・・こうですか」 「ん、ああ。もう少し右・・・・・・あ、そこだ」 「はあ、あの、旦那」 「ん?」 「・・・・・・もう止めときませんか?」 「疲れたのか?」 「いえ、そうじゃなく・・・・・・」  柘榴と呼ばれた大きな白犬は、器用にも肩をすくめてみせた。 「・・・・・・ほら。戸口に男衆が鈴なりになってますんで」  柘榴に促されて女が木製の戸の方向を見遣ると、うっすら開いた隙間の向こう側でなにやら慌ただしく立ち去る音。  薄い布団にうつ伏せになり、柘榴に按摩をしてもらっていた女は首をかしげる。 「やはり、按摩を行う犬は珍しいか」 「そこですか」 「喋るしな」 「ええ、そうですね。もう、それでいいですよ」 「なんだ、なげやりだな」 「今更ですから。それよりも、八月の旦那」  柘榴は一つ息を吐いて気持ちを切り替えたらしく、つぶらな黒目を八月に向けた。 「とりあえず、町にはつきましたけど、これからどうします?」 「そうさなあ」  八月はようやくのことで起き上がり、背伸びした。たわわに実った乳房が揺れ、戸板の向こうから喉を鳴らす音が響く。どうやら、まだ居たらしい。  柘榴は無言で戸板をぴしゃりと閉め、更にその前に居座る。  そんな従者に気づくことなく、八月は路銀を数えていた。 「うーむ。やはり、心もとないな」 「どこかで稼ぎますか」 「そうは言うがな。この体では道場破りは今一つ・・・・・・」 「物騒な発想から離れて下さいよ」  呆れた口調で窘めて、柘榴は溜め息をつく。 「明日、宿の主人にでも短期の働き先が無いか聞いてみて下さい。・・・・・・私がこうじゃなかったら、どうにかするんですけどね」  犬の前脚を眺め、柘榴は自嘲するかのようにつぶやく。それを聞いた八月はいきなり立ち上がると柘榴の前で胡座をかき、きょとんとする柘榴の頭をわしわしと撫でた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!