ひとつ

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「もし、お前さんにお客さんだよ」 「客?」  翌日の朝。また宿屋の手伝いとして、今度は桶を洗っていた八月は怪訝な顔をした。  宿屋の主人である初老の男は言葉を続ける。 「なんでも、頼みたい事があるらしいよ。ここはいいから、行っといで」 「・・・・・・うむ」  八月は立ち上がり、宿屋の裏手から中へと向かう。  その後ろから付いてきた柘榴が、声を潜めて言った。 「ここに来てまだ間もない旦那に客ですか。妙ですね。また厄介事を引き寄せましたか?」 「俺の客と決まっているわけじゃないだろう。お前のかもしれんぞ」 「犬に何を頼むっていうんですか。ほら、もう着きますよ。ふざけるのはまたにして、真面目にやって下さいよ」 「まあ、程々にな」  八月は気楽に答えると、部屋の戸を開けた。  中に居たのは厳めしい顔付きの男だった。  太い眉の下で鋭く光る黒目が八月を見据え、ふむ、とひとつ頷く。 「噂通りの美形だな」 「そりゃどうも。それで、どちらさんかな」  不躾な男の態度をさらりと流し、八月は穏やかに問うた。  その傍らでは石榴が、何もわからぬ振りをしつつも微かに牙を剥き、不審をあらわにしていた。  見覚えの無い、怪しい男であった。  
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