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「本当に、不思議です。」
「え?」
「前は、帰還するのも当たり前、撃ち墜とされるのも当たり前、戦果がこちらにあろうが叱責されました。こんな風に帰ってくることを喜んでくれる人なんて。ははは。プレッシャーですね。」
「プレッシャーだなんて」
三崎さんは少し不服そうに呟く。
「“地上に大事なものができたパイロットは弱くなる”」
「え?」
「聞いたことないですか?」
「いいえ」と三崎さんは首を振る。
「俺たちは人に執着しないように生きてきました。思えば知らず知らずそう教育されてきたようにも思います。なので三崎さんのように親身になっていただくと、少し構えてしまいます。幼い頃から「墜とされたくありません」と何度も叫ばされました。それは、死にたくないとか、帰りたいとか、もう一度ご飯を食べたいとかじゃなくて、ただ負けたくないだけなんです。そのプライドだけ、たったそれだけなんです。…大事なものができてしまうと、それが揺らぐんですって。それが何よりも怖いことなんです。」
「うーん、俺は、大事なものができると強くなると思っていたのですが。」
「え、強く?どうして?」
「その大事なもののために、自分以外の誰かの何かのために、と思う方が力がパワーが湧いてきませんか?」
俺は首をかしげる。
だって今の俺には大事なものなんてないのだから。
地上に降りて、煙草を吸って酒を飲んで昼寝が出来ればそれでいい。
あとは飛んでいたいだけだ。
まだ飛びたいから、明日も飛びたいから、帰還したいだけだ。
でもやっぱり敵に撃ち墜とされると思うとむかつく。
飛火で初めて飛んだ日のことを思い出す。
俺はあの日被弾した。
受け入れられない苛立ちがまだ鮮明によみがえる。
だって俺はパイロットだから。
これでいいんだ。
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