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「はい、一番の問題はワックスです。IYで使っていた物がここには有りません。」 「ここのものではどういう問題が?」 質問を促したのに、質問したのは俺の方だった。 「全ての操作感が軽くなります。」 「滑りが良くなりすぎるのかぁ。それは困るなぁ。」 「ワックスに粘りを持たせるか、別の所で摩擦抵抗を作れば今の操作感に近づけることはできますが…。」 「うーん。」 俺は頭を抱えた。 「煙草を吸えるところは?」 「こっちに。」 三崎さんについて格納庫を出る。 「あの、細かいことを言うようですが…」 「はい、何でも。」 「シャッターを閉めてもらえますか?」 「わかりました。」 シャッターが閉まるのを眺めながら、夏原が言っていたように面倒な奴だと思われているだろうかと考える。 「ここがIYとは違うのはわかっています。さっきの若い2人も優秀なんだと思いました。格納庫もとても清潔で、その…あなたのことも信頼できると感じています。でも…」 IYの格納庫は屋根もなく雑多に飛行機が並んでいるたけだった。 くだらないイタズラをされることもしょっちゅうだった。 そんなことを三崎さんに言うのはとても恥ずかしいことに思えた。 「はい。」 三崎さんはゆっくり頷いた。 「昨日俺は春名さんの着陸を見て、鳥肌が立ちました。」 シャッターが閉まり、三崎さんは鍵を掛けた。 歩き出した三崎さんについて行く。 「なぜ明るい時間に来てくれなかったのかと思いましたよ。春名さんはまず担当整備士である俺を探してくれましたね。」 「はい。ボロい機体なので話をしておきたくて。」 俺は昨日キャノピーから出るなり、担当の整備士を呼んでもらって、今日はさわらないでくれと頼んだのだ。 灰皿の前で三崎さんが立ち止まった。 俺たちはほぼ同時に煙草を取り出し火をつけた。 「久しぶりにわくわくしました。あなたの機体を見てからあらゆる資料を読み返しました。細かい工夫がしてある謎解きのような整備です。機体とパイロットのことをよく理解した整備だと感じました。古い油や重いネジを使っているのはわざとなのか、どうなのか、そのあたりをきちんと話さないといけないなと。」
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