1. 盈溢

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「繰り返すつどに五度。ただ、満ち足りた刻を破却せよ」  到底一人の人間だけでは到達しえない膨大な魔力は逃げ場を無くし、真紅の光となり放射。肌を焦がす熱線となり壁を、天井を、そして男の肌や肉まで焦がしていく。  しかし、止まらない。男には一点の焦りも曇りもない。ただただ当然の様に一言一句己の最大限の力をもって唱えていく。 「―――――開闢へ(リセット)」  まるで宇宙。圧縮され、熱せられ、空気を吸うことすらできなくなる。魔力の奔流が場の全てを押し出し流転、光が弾けんばかりに収束する。 「――――――告げる」  しかし、声は凝り固まった空気を震わせ、それは人には過ぎたる力すら圧していく。 「――――告げる」  再び振り上げられる太刀。  男の伝えに返答を返すように、それまで荒れ、狂っていた魔力はピタリと息を潜めひと時の平穏が訪れる、しかしそれは引きの潮、まだ、まだ終わらない。  むしろここから。引きに引いた波は遠くのたうち、さらにその水量を増し戻ってくる。 「汝の身は我が下に、我が命運は汝が思いに。聖杯の寄るべに従い、この意、理に従うならば答えよ」  宣誓、これは魔法の域にまで至った魔術の一端であると同時に己を縛りだ。自身の身すらその天秤へと賭けた愚者の魔術。 「誓いをここに」  しかし、それがどれだけ下らぬ願いであったとしても、代償を差し出し手順を踏んだのならば、それは最早紛い物でも贋作でもない。創られし物でありながら、夢は現実を食い破り、現世となる。 「我は現世総ての善たらんとする者、我は現世総ての悪たりえぬ者」  行程はすでに最終段階、まるで永遠、しかし、無の時間でもあったこのひと時は終わりを迎えようとしている。  これまで表情を決して崩さなかった男の顔に思慮の相が浮かぶ。疑念、懐疑、思案。  しかし、すでに契約書に拇印は押し込まれ、男の代償は祭壇へとくべられている。止まらない。止まることなど許されはしない。 「汝創られた言霊を纏う七天、抑止の輪より呼び出さん、天秤の守り手よ――――!!」  声は澄み、溶け、霧散する。奇跡は果たして起こり、男は闘争へと歩を進める。
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