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「夜里さん。…夜里さん、大丈夫ですか?美味しくなかった?」
高城くんの気がかりそうな声にふと我に返った。ここはわたしの狭苦しい部屋。隙間に置かれた小さなテーブルには二人で作った努力の結晶の夕食が所狭しと並べられている。わたしは慌てて笑顔で彼を見返した。
「ううん、そんなことない。美味しくできたと思うよ。…てか、最初に較べてすごく上達してない?高城くん」
今日のメニューはビーフストロガノフだ。名前が大袈裟な割に簡単なんですよ、とことも無げに作り方をレクチャーしてくれたが。まぁ、レシピはお家の方に習ったにしろ、全体に手際や感覚が見違えるほど向上してる気がする。彼はちょっと照れたようにコップのお茶を一口飲んだ。
「家で少し。練習したりもしてます。だって、ちょっとでもましなもの夜里さんに食べてもらいたいし。最初の時のあれはないよなぁと自分でも思ったから…」
「そんなことないよ。あの野菜炒め、本当に美味しかった。別にお世辞で言ったんじゃないのに」
わたしは熱心にフォローした。
「だいいちわたしなんか、こうして高城くんと会ってる時しかご飯ちゃんと作ってないし、結局。だから全然上達しないんだね。このままじゃますます差が開いちゃうな、料理の腕」
彼は生真面目な表情を浮かべてまっすぐにテーブル越しにわたしを見つめた。
「夜里さんはお仕事も忙しいし。疲れて帰ってきて一人分の食事を作るなんてなかなか難しいですよ。こうして休みの時に二人で一緒に作るだけで充分じゃないですか。それも面倒だって思うなら俺が全部作ってもいいですよ」
「いやそんな。こうして二人で作るのは楽しいよ。ただ、一人だとなかなかエンジンもかからないってだけ。料理が嫌いって訳じゃないし」
「そうですか。…それなら、いいけど」
わたしの言葉にも関わらず少し心配そうな高城くん。
「夜里さんに、自分のやり方を押しつけてないかなぁと気になって。…栄養のバランスが取れて健康にいいものを摂ってくれたらなと思う余り、余計なお世話と思われてるかもしれないですし」
わたしは笑って彼を見返した。
「そんな訳ない。わたしのことを心配してくれてるってちゃんとわかってるんだから。有難いと思いこそすれ、そんな風に思ったりしないよ」
「うん。…でも」
彼はふと頼りなげな色を目に浮かべ、視線を逸らすように俯いて自分の皿に意識を向けた。
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