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背もたれのあるいつものソファ。わたしは毛布をかけられてぐったりとそこに横たわっていた。加賀谷さんは傍らに膝をついて片手でわたしの手を握り、もう片方の手で髪を撫でている。わたしはようやく涙の止まった濡れた目で彼を見上げた。生真面目な色を湛えた茶色い瞳がわたしを気遣わしげに見返す。
「…どうだ?少しは落ち着いたか」
「うん…」
わたしの上体を支えて起こし、水のペットボトルを持ってくる。キャップを外して手渡した。黙ってそれを受け取り一気に飲む。冷たいものが喉を流れ落ちていく。胸の中まですっと冷えて、少し冷静な気持ちが戻ってきた気がする。
「今日どうした。何かいつもと違ってたか?嫌なこと誰かに言われたとか」
「そうじゃない。…あの人たちは普段と同じだった、と思う。でも」
わたしの背中にクッションを重ねて詰めて身体を支えてくれた。毛布を胸元まで引き上げられ、そこに顎を埋めるようにうずくまる。…なんて説明したらいいのかな。冷たいボトルを持て余していると、気づいた加賀谷さんが受け取ってテーブルに置いてくれた。
「…変わったのはわたしなの、多分。ああいうこと…、なんか、もうつらいかも。身体はそのままでも。…気持ちが無理。逃げたくてたまらない」
「うん」
彼は静かに立ち上がった。わたしに背を向けて自分のデスクの方へ戻っていく。パソコンは何かの画面を表示しっ放しだ。恐らく外での物音を聞きつけて慌てて席を立ったんだろう。
椅子に腰掛け、再び中断してたと覚しい作業に取り掛かる。ややあって淡々とした感情のない声がわたしに話しかけてきた。
「言ったろ、遅かれ早かれこういう時が来るんだよ。慌てることはない。最初からわかってたことだから」
「…わたし、もうこれをしなくてもいい?」
感じなくなった訳じゃない。身体は今日も悦んでた、と思う。でも、そんな自分も厭わしい。あんな風にいやらしく身体中弄られて、嬉しそうにびくびくするわたし。そんな自分を外側から一度認識してしまうと、もう。
…耐えられない。
彼はこっちを振り返りもせずあっさり片付けた。
「いいよ、勿論。お前は自由だ。やりたかったらやる、したくなくなったら止める。それしかないだろ。…今まで大変だったな、お疲れ様」
「そしたら、もうここへ来なくていいってこと…?」
不意にぞっとした。急に現実を見て、我に返る。
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