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だけど何度考えても、どんなに探しても、最善の方法はたったの一つしか見つからなかった。
人生はこんなものかもしれないと、あきらめのような気持ちでいっぱいだったのは、数日後、退学届けを提出するまでだった。薄いたった一枚の書類を提出してしまえば、ジリジリと胸を焼く不安感はスッと消え去り、いっそ走り出したいほどの清々しい解放感を味わった。この数日、何を躊躇っていたのだろうとすら思える。
自由の身になったその帰り道、すっきりした気持ちの勢いに任せて友人に電話をかけた。高校の同級生だった彼女は、今は専門学校に通っている。なかなか忙しいひとだから出ないかもしれないと思っていたのに、たったの3コールで電話に出た。
「いっちゃん?」
「えっ」
電話に出るなりいきなりこちらの名前を呼ばれて、面食らう。自分で掛けたくせに驚いて、妙な声が出た。その声がおかしかったのか、押し殺したように笑う声が耳に届く。妙に気恥ずかしかった。
咳払いしてから改めて、挨拶から口にする。
「お久しぶり、逸見。報告があるの」
私が大学を去らねばならないと告げると、逸見は少し怒ったような声で、まだたったの一年しか通ってないのに、と言った。
「せっかく入学したのに、いいの?」
静かに、彼女が尋ねる。
「いいの。もう充分だった」
答えた言葉に嘘はない。不思議と後悔はなかった。もしかしたら続けていけるかもしれないと期待しなかったと言えば嘘になる。お金がなくても大学を続ける手段は探せばある。それを選ぶことだってできる。だけど、あれこれ調べるうちに私の気力は削がれていき、辞めると決めた今となっては、そこまでしてでもしがみつく必要があるものにも思えなかった。
「いっちゃんは、なんでそんなに諦めがいいの。もったいないよ。せっかく入ったのに。せっかく選んだのに。なんで辞めちゃうの。もったいない。もったいないことだらけだよ」
もったいないとあまりにも繰り返すので、つい笑ってしまうと、笑いごとじゃない、と彼女は私を叱る。電話越しでもわかるほど、辞める当人よりも彼女のほうがよっぽど、この理不尽な現実に腹を立てていたけれど、なぜだか妙に気が楽になった。彼女が腹を立てれば腹を立てるだけ、もういいや、とすっきりした気持ちになっていった。
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