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「私は諦められなくて足掻いてしまうから、不思議だった。どうして諦められたの。いっちゃんはどうして、それでいいと思えるの」
言い募る逸見の姿が、窓ガラスに歪んで映る。窓を打つ雨粒を見つめながら、最善の方法を探したあの夜を思い浮かべ、私は首を振って問いに答える。
「最初からいいと思えたわけじゃないよ。少し、ほんのちょっとは未練だってあったよ。だけどどうでもよくなったんだ」
「どうしてどうでもいいと思えるのか、それが分からないの」
どうにも分かり合えない私たちの、噛み合わない会話が空気を揺らす。滑稽な私と彼女は、雨の窓に歪んで映る。とうに夜の帳は下りたのに、喜劇としか言いようのないこの夜の幕はまだ下りない。
「それは」
勢いで言い募りかけて、一度言葉を切って深呼吸する。慎重に、言葉を選ぶ。
「私は私に価値がないことを知っているから」
今度は逸見が息をのむ番だった。
雨の夜は苦手だ。思考が拡散する。言いたいことが綺麗には纏まらない。不格好なまま、思ったことがそのまま口から滑り落ちていく。
「私は賢くない。世の中にはとんでもなく優秀な人間っていうのがたくさんいる。そういうひとが価値を持つ」
「………」
「私は優秀にはなれない。自分でわかってる」
彼女は黙ったまま答えない。構わずに私は言葉を続ける。
「でも、『何とかとハサミは使いよう』というでしょう? 私は愚かだけど使いどころのある人間になれればそれでいいの」
目を伏せて、ぽつぽつと閉じた傘の先から零れる水滴を眺める。彼女も私も、もう口を開かなかった。
ぽつりぽつりと、傘から滑り落ちる雨だれの音を聞きながら、私は、私より賢くて私よりも聡い彼女の能力が、世の中に正しく使われることを願った。
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