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「いいや落合。違うよ。お前は勘違いしているだけなんだ」
「違います」
「同じ会社で、同じ最寄り駅で、話す機会が多かったから錯覚しただけだよ」
「違います! もし違う会社でも、違う駅でも、きっと私は先輩を好きになったと思います」
即答すると、先輩は苦い顔で黙り込んでしまう。私もなんと言葉を続けたらいいかわからず、先輩の眉間の皺をじっと眺める。
耐え難い沈黙の隙間を埋めるように、橋の上では風が吹き荒れる。ここの橋はいつでも風が強くて、毎朝髪を整えてもどうせぐちゃぐちゃになるから、『最近はもうあきらめて会社に行ってからセットしてる』と、いつだったか先輩が教えてくれたことを思い出す。数少ない先輩のプライベート情報だった。
ぼんやりそんなことを思い返していると、やっと先輩が口を開く。
「お前は僕になりたいか?」
「なりたいです」
「じゃあそれは恋じゃない」
「どうしてですか」
「相手を大事にしたい気持ちと、相手になりたい気持ちは全く別のものだ」
「確かに別物かもしれません。でもなぜ恋じゃないと言い切れるんですか」
何度も否定されて、いっそイライラしながら言い募る私に、タチモリ先輩はかつてないほど真剣な顔をして立ち上がり、私の両肩を強く掴んだ。
暗い橋の上。暴れる風に髪を躍らせて、やたらと強いタチモリ先輩の握力を感じながら、私は先輩の答えを待つ。
「もしも僕になりたいのなら、ここまでたどり着きたいのなら、そんな間違ったI LOVE YOUもIFも投げ捨てろ」
「どうしてですか」
「僕自身がそうやってここまでたどり着いたからだよ」
過ぎ去る車のヘッドライトがほんの一瞬、先輩の表情を隠してしまう。眩しいほどの白い光。逆光に黒く塗りつぶされる先輩の姿。
言葉を失った。
「どんな将来だってあるかもしれないと思うと、何も選べなくなるだろ。可能性はある、なんて期待すると、かえって何ひとつとして為し得ない。だからもしも(IF)なんて期待は捨てて、集中したほうがいいんだよ」
呆然とする私から手を放して、タチモリ先輩が穏やかに告げる。
「落合。もう間違えるな。お前はお前のやりたいことを、まっすぐ達成しろ」
タチモリ先輩はいつもの、私が大好きな笑顔をもう一度浮かべると、「それじゃあ、元気で」とあっさり告げて去っていく。
先輩が橋を渡り終えて見えなくなるまでずっと、私はそこに立ち尽くしていた。
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