私と彼の疑似殺人

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昔から、妙な衝動があった。腹のそこから突き上げられるように湧き出し、胸を圧迫させ息を荒くさせる衝動。誰に言ったわけでも聞いたわけでもないが、それが妙なこと、異常であることはわかった。 理性のない獣のようなそれは思考回路を鈍らせて、じわじわと身体の自由をきかなくさせる。手は爪を立てるように曲がり、口は犬歯をむき出しにする。荒くなる息、こみ上げる唾液。 無防備で目の前で寝る男がある。緩やかな呼吸に胸が上下し、喉が微かに震えてる。褐色の首筋に唾を飲み込んだ。 「ああ……、」 あの喉にかぶりついて噛み切ったなら、どんな味がするだろう。 あの首に両手を伸ばして力の限り絞めたなら、どんな顔をするだろう。 あの胸に手を突っ込んだなら、どんな心音を聞けるだろう。 あの腹を引き裂いてかき回したなら、どんな色を見られるだろう。 「殺したい。」 思わず口からこぼれ出た欲望の塊が音になったのと、寝ていたはずの男の目が開かれたのはほぼ同時だっただろう。 本能的に逃げ出そうとしてソファから飛びのくが、卓越した反射神経を持つ男に片足をつかまれ、頭からフローリングに墜落した。 「うっ……、」 「……いや、悪ぃ、大丈夫か?」 言葉からドン引いているのがわかって顔も上げられない。引いているのはたった今起きた私の無様な逃走劇に対するものだけではないだろう。 聞かれてしまった。 つい先ほどまで全身を支配していた煮えたぎるような欲望は完全に霧散していて、私の身体はひたすらに冷えているだけだ。 逃げ出したいのに大きな手は私の足首をつかんだまま離してくれる気配がない。 「……離してください。」 「離したらお前逃げるだろ。……まあとりあえずお前に聞きたいことがあるんだ。」 それは死刑宣告に他ならない。何を聞かれるかなどわかりきっているだらだらと嫌な汗が流れた。 いや、もしかしたら聞こえてなかったかもしれない。私がつぶやいた直後に起きて、ただ逃げだした私を反射的に捕まえただけで聞いてなんかいなかったかもしれない。 「殺したいって、なんだ?」 死んだ。
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