私と彼の疑似殺人

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頭ではわかっている。これ以上はまずいと。いくら疑似殺人を許してくれていても、こんなことはすべきではない。傷つけてはいけない。大事な人を殺したいと思ってはいけない。それなのに彼はおかしそうに私の欲を煽るのだ。ブレーキを掛けようとしているのに、そのほんのちょっと先まで許してくれるから。暴力的な衝動の抑え方を、半ば忘れかけている。 「なあ、」 「やだ、もっと。」 また、離される。頭にかけられた手に逆らって深く噛もうとするが叶わず、惜しむように首から透明な糸が引いた。てらてらと光褐色の首筋に、また腹の底が熱くなる。 呆れるように彼は左手の指を私の口の中へと突っ込んだ。まるで代わりに噛んでおけと言わんばかり、いやおそらくその意図なのだろう、不満ながら噛みついておく。目の前においしそうな首があるというのにお預けされるのは堪える。また早くあの首に歯を突き立てたい。 「まんま獣だな。」 「辛うじてかぶってた人の皮を、嬉々として剥いだのは、君だ。」 未だ呼吸の荒いままの私を嘲笑うように、短く整えられた爪が口蓋を撫で思わず喉を反らせた。 指を噛んで食いちぎるのはどうだろう、と脳裏を掠めるが、そうすれば彼はきっと怒るだろうし、命は奪えない。それはそれで面白そうだが、やはり殺す衝動には劣る。 「……殺したいと思うのは俺だけか?」 「君で二人目。一人目はちゃんと我慢して、何もしてない。」 一人目は仲の良い友人。可愛い女の子。肩が触れ合う距離にいても、首に伸びる手は我慢した。旅行先で無防備に寝ていても、何もしなかった。耐えた。 むしろ今は彼がこうして殺したい衝動を発散させてくれているから殺したいと思うのは実質彼だけとなりつつある。 そう言えば「それは結構。」と口角を上げた。
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