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「経堂、さん……?」
呆然とした顔で、お母さんが小さく呟いた。
しかし男の人はこちらを見向きもせず、私たち二人を素通りして、本堂に入っていってしまう。
「お母さん? 今のおじさん、知ってる人?」
袖を引っ張ると、お母さんはハッと我に返ったように私を振り向いた。
「……ううん。昔お世話になった人に少し似てると思ったけど、人違いだったみたい」
花の水を替え、ろうそくとお線香に火をともす。お墓にじっと手を合わせていると、割れるようなセミの鳴き声が頭の中にまで響いて来るようだった。
お母さんは少し難しい顔をして、私を振り返る。
「ねえ、カノン。お父さんがいないと、やっぱり寂しい?」
「え?」
どうして突然そんなことを言うのか分からず、お母さんの顔をまじまじと見上げる。
「わ、わかんない。さみしい、のかな……」
自分の家が他の子たちのそれと少し違うことは、最近、うすうす分かってきた。
お父さんがいない子は、私のほかにもクラスに二人いる。でも、おじいちゃんやおばあちゃんのことを一人も知らない子を、私は自分以外に見たことがなかった。
「お母さんね。カノンの歳にはもう、お父さんもお母さんも、両方いなかったの」
「……え?」
「だからそれが寂しくて、心細くて、他の子と違って恥ずかしいと思うことも、正直あった」
そんなことは今、はじめて聞いた。
なんと返事をすればいいのか、分かららない。ただお母さんと目を合わせることしかできなかった。
「でもお母さんね、今、すっごく幸せなの」
「えっ、そうなの?」
「うん。人生で一番幸せ。だって、カノンが家族になってくれたもの」
ぽんぽんと、私の頭を優しくなでる。
その時、お母さんの目がわずかに赤く染まっていることに気付いた。
気付いたけれど――――知らないふりをした。
なんとなく心細くなって、私は久しぶりにお母さんと手をつないで車に戻った。
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