パンドラの子守唄

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 握りしめた手の甲に、青筋が浮き上がる。感情の読めない冷たい双眸に突然、憎悪の色がひらめいた。 「夫に裏切られた彼女は線路に飛び込んで、我が子もろとも命を絶った。私が全てを知ったのは、ショウを産んでから。彼女の妹が遺書を届けてくれなかったら、一生知ることもなかったんでしょうね」  背筋にうすら寒いものが走る。  偶然か、それとも作り話だろうか。でも、とても嘘をついているようには聞こえない。  滔々と語られる昔話は、まるで―――――――― 「結局、ショウもあの男と同類だったわけ」  ぞっとするほど低い声で呟いて、彼女は私から目線を逸らす。 「私がどうするのって聞いた時ね、あの子『大丈夫』って言ったのよ。何が大丈夫なんだって聞いたら、『サオリは両親も頼れる親戚もいないから、大丈夫』だって。大事には出来ないって。あはははははは」  打って変わって、彼女は両手を叩きながら乾いた声で笑った。  手を打つたび、小柄な体が震える。引き攣るような、けたたましい笑い声が、小さな部屋に反響した。 「あはははははは! もうね、父親と同じこと言うのよ。完全に、育て方を間違えたわ!ああ、可笑しい……」  ひとしきり笑うと、お母さんは不意に黙り込んだ。まるで感情を見透かすように、私の目をじっと見据えてくる。 「お腹の子はどうするの?」 「……正直、まだ迷っています」  それが思いがけず真摯な表情だったため、図らずも私も本音が漏れる。 「そう。それはあなたにお任せするわ。私は産んでほしいとも、ほしくないとも思っていないけれど」  小さく頷き、ハンドバッグから膨らんだ封筒を取り出し、机上に滑らせる。 「これ、ショウの生命保険。どちらにせよ、あなたには受け取る権利があるわ」  目の前に突きつけられた封筒とお母さんを見比べていると、お母さんは椅子を立つ。 「最後にこれだけは直接渡しておきたかったの。それじゃ、私はこれで」 「あの、お母さ……おばさん。亡くなった女の人って、その」  言い淀む私に振り向いて、泣きだしそうな顔で小さく微笑んだ。 「…………あの子はね、私の親友だったの」
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