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「ねえ、お母さん。お父さんって、どんな人だったの?」
この質問をすると、お母さんは決まって少し困った顔をする。そして毎回、必ずこう答えるのだ。
「そうねえ、普通の人だったわ」
「だから、普通ってなに」
「ごくごく普通の、平均的なサラリーマンよ」
ここ数年、お母さんと私の間でお決まりになりつつある会話だった。
十年前、事故で死んだお父さんのことを、お母さんはあまり話さない。私が何度尋ねても、それとなく話をそらされてしまう。
もしかすると、お母さんはあまりお父さんのことが好きじゃなかったのかもしれない。
そのくせ、命日にはこうしてお墓参りに行くんだから、大人という生き物はよく分からない。
「……やっぱりお父さんは“パンドラの箱”なんでしょ」
「はあ?」
車を運転しながら、お母さんはバックミラー越しに私を見る。
「なにそれ」
「だから、ええと……お母さんにとって、開けてほしくない秘密っていうか」
「あんたねえ。パンドラの箱なんて言葉、誰から聞いたの?」
じろりとにらまれ、少しだけ体がすくんでしまう。
親友のりりちゃんから教えてもらった言葉を、知ったかぶりして使っていたことを、思いきり見透かされていた。
「…………りりちゃん」
「やっぱり」
呆れ顔でため息をつく。しかしそれ以上は何も言わず、お母さんは「そんなことより」と話題をかえた。
「熱いね、今日も。帰りにリスボンで、冷たいもの食べてこっか」
「えっ、やったあ! 私、かき氷ね!!」
「はいはい。ほら、そろそろ着くよ」
フロントガラスから、道の突き当りに小さな古いお寺が見えてくる。
駐車場とも荒れ地とも区別がつかない野原に車を停め、最初に本堂でお参りをした。
相変わらず、境内には人がいない。
本堂の階段を降りようとした時、お母さんが立ち止まっていることに気付いて、私も足を止めた。
「あ……」
思わず、お母さんの視線の先を追う。階段の下で、見知らぬ男の人が靴を脱いでいた。
こんなに暑い日に、黒い長袖のスーツをぴしりと着込んで、更に両手に白い手袋まではめている。
(うわあ、変なおじさん。暑くないのかなあ……)
男の人が顔を上げた。
服装とは正反対に、涼し気な、少し冷たい感じのする、まるでお面のような顔だった。吊り気味の目が、糸のように細い。
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