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「15年ぶりか。息をするだけで胃が凍り付きそうだ」
俺はレンタルしたキャンピングカーを後にし、コールドフットの大地へと降り立った。あまりの寒さに割れたフロントガラスの様は北極圏の過酷さを物語っている。太陽が顔を沈めるのを横目に、俺は凍り付いた草木を踏みしめながら進んでいった。
「よし、この辺でいいだろう」
キャンピングカーから数キロ離れた丘の上で俺はテントを構えた。オーロラを撮るべく日本からきた俺は、夜が更けるのをテントの中で待った。長旅の疲れも相まって、俺はバックを枕に横になった。だが眠れる気もしない。先日の光景が零したインクのように俺の脳裏に染みついているからだ。
俺は両手を振り下ろし編集長井ノ原のデスクにかじりついた。
「何がいけないんだよ」
俺がそう吐くと同い年の井ノ原は回る椅子にもたれかかり煙草をふかした。
「確かにスキャンダルだ。だが今は刺激的すぎる。考えてもみろ。選挙中の国会議員だぞ。こんなの載っけたら圧力で会社がつぶされるかも知れんだろう」
「またそれかよ。俺はな、命がけでこの写真撮ってんの。SPに追われてようやく逃げてきたってのに、お前がそれじゃ割に合わねえんだよ」
「それはお前が勝手にやったことだろう。それを載せて会社が干されたらお前は責任とれんのか」
「勝手だと。じゃあこのままこの雑誌の売り上げが落ちて会社が潰れたらお前は責任とれんのか。編、集、長」
俺がわざと役職で呼ぶと井ノ原は鼻を鳴らした。
「それはお世辞か。お前はそう視野が狭いから出世コースから外されたんだよ」
「俺は現場主義なだけだ。」
自分でも滑稽だと思う言い訳に、俺は目を伏せざるを得なかった。しばらくの沈黙の後、井ノ原が静かに口を開いた。
「藤山、いい加減意地を張るのはやめろ。このまま続けても過去の栄光に泥を塗るだけじゃないのか」
過去の栄光。井ノ原の言ったそれは俺が17の頃の話だ。カメラマンを目指していた俺が撮ったオーロラの写真がひと時世間を沸かせた。それはあまりの美しさから200色のオーロラと呼ばれ、俺は一躍時の人となった。井ノ原の言葉を耳にした瞬間、俺は真昼間の朝顔のようにしぼんで怒る気力さえ失ってしまった。
「もうお前と仕事するのはごめんだ」
俺は自分のデスクに置いてあるカメラを肩にかけ会社を後にした。
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